新*今日の漢字* 「兄」
七月も最後の日となりました。
昨日までの曇りがち+雨模様とは違い、青い空と雲がきれいな朝から始まりました。
では・・・
新*今日の漢字*
「兄」 音読み ケイ キョウ 訓読み あに
画数 5画 部首 儿(ひとあし にんにょう)
では常用字解で調べてみましょう。
会意 口と人(儿(じん))とを組み合わせた形。
口は「さい」で神への祈りの文である祝詞を入れる器の形。
兄はこの口(さい)を頭上に載せている人を横から見た形で、神を祭る人をいう。
兄弟のうちで家の祭りごとを担当したのが長男であったので、兄は「あに」の
意味となる。
長兄が家の祭祀(さいし(祭り))を嗣(つ)ぎ、委女(末娘)が嫁がず家に残って
家の祭祀をを守るというような習俗があった。
古い字形には、袖に舞うときの飾りをつけた字や跪(ひざまず)く字があって、
兄が祭りに従事する人であったことが知られる。
兄に祭卓(神を祭るときに使う机)の形である示を加えると祝となり、はふり
(神に仕える人)をいう。
(白川静 常用字解 平凡社)より
次に字統を調べてみました。
会意 口と人(儿(じん))とに従う。
口は「さい」で神に祈る祝詞を収める器の形。
兄はこれを戴(いただ)いて神に祈るひとをあらわす。
[説文]八下 に「長なり」と訓し、兄弟の兄の字とし、
[段注]に「口の言は盡(尽)くること無し、故に儿口を以て慈長の意と爲す」とするが、
卜文・金文における口の形は口耳の口ではなく、すべて祝禱(しゅくとう)を納める
器の形を示す。
兄長の意は兄長が家の祭事を掌るものであったからで、これを祝(はふり)という。
周公(しゅうこう)の長子伯禽(はくきん)は大祝(たいしゅく)の官となり、
「大祝禽」と銘している鼎(てい)がある。
[漢書(かんじょ)、地理志、下]によると、斉(せい)では長女を巫児(ふじ)といい、
他に嫁することがなく、終生家廟に仕えた。
一般には委女が巫児となることが多く、[詩]の国風諸篇には委女の悲恋を歌うものが多い。
兄の字形の袖の部分に、末と木の飾りをつけた字があり、貺(きょう(おくる))の字の
初形と考えられる。
祝や貺が兄の形に従うのは、兄がもと祭事に従う人であったからである。
(白川静 新訂 字統(普及版) 平凡社)より
この兄という字も、古い字形を見ることができなかった「説文解字」の著者、許慎(きょしん)
の苦しい説明のように思えます。
甲骨文字(卜文)・金文が発見されて初めて「口」は口耳の「くち」ではなく、神への祈りの文
である祝詞(のりと)を入れる器の形の「さい」ということが分かりました。
そして、今まで「口」の含まれる字の説明に無理があったものが、「さい」の解釈によって納得
できる説明となったのです。
紀元後100年からずっと信じられてきた許慎の説明を覆すことは大変な努力だったと思われます。
今では白川静先生の多くの「口」は「さい」である、という説は常識となってきました。
昨日の朝はなぜかインターネットエクスプローラーから入ることができずに四苦八苦し、グーグル
チャームからの書き込みとなり、微妙に違う使い方でこれまた四苦八苦しました。
でも、夜帰宅後は何事もなかったようにいつも通り使えるようになり、ホッと胸をなでおろし
ました。
では安心して、今日の一枚は・・・
今朝の空です。
なぜでしょう、雲の微妙な変化や空の色のグラデーションがが好きなんですね。
朝の空模様を見て、「さあ、今日もがんばろう!」と猫と共に1階へと降りていきます。
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