新*今日の漢字* 「不」
来たる22日が姑の七回忌なので、今日は家族だけの七回忌を行いました。
私たち夫婦と息子家族、娘家族でお墓参りに行き昼食を共にしました。
では・・・
新*今日の漢字*
「不」 音読み フ ブ 訓読み ---
画数 4画 部首 一
では常用字解で調べてみましょう。
仮借 否定・打消の「ず、しからず」に仮借して用いる。
もと象形の字で、花の萼柎(がくふ(萼(がく)としべの台))の形であるが、
その「はなぶさ、へた」の意味に使用することはほとんどない。
金文では「不(おほ)いに」と丕(ひ)と通じて「おおきい」の意味に用いる。
否定「ず」の意味はその音を借りる仮借の用法であるが、甲骨文以来否定の意味
に使用されている。
不のしべのふくらみ始めた形が丕、しべの台の部分が実になった形が否、実が剖
(わ)れ用とする形が はい(倍-イ)、はい(倍-イ)を刀(リ(りっとう))で
二つに分けることを剖(ほう)という。
(白川静 常用字解 平凡社)より
次に字統を調べてみました。
仮借 否定・打消の「ず」に仮借して用いる。
字はもと象形で、花の萼柎(がくふ)の形であるが、その義に用いられることは
ほとんどない。
その本義には柎(ふ)などを用いる。
[説文]十二上 に「鳥飛んで上翔(じやうしやう)し、下り來(きた)らざるな
り。 一に從ふ。一は猶(なほ)天のごときなり」という。
字形を鳥が高き天に向かって飛ぶかたちとし、「そのまま「「下りて来たらず」
と否定の義を導くがその義は仮借の用法で、字はもと花の萼柎の形である。
[詩、小雅、常棣(じょうてい(からなし))]「常棣(じゃうてい(からな
し))の華 卾不(がくふ)、る(韋+華)る(韋+華)たり」がその初義の用
法で卾不は萼柎、はなのうてなのことである。
[説文]は仮借義をもって字形を説くもので、明らかに誤りである。
字は不のままで、また丕(ひ)「おおきい」意に用い、[詩、周頌(しゅうしょ
う)、清廟(せいびょう)]「不(おほ)いに顯(あき)らかにして不(おほ)い
に承く」、秦(しん)の[詛楚文(そそぶん)]にも「不顯(ひけん)なる大神巫
咸(ふかん)」の語がある。
金文に「不顯(ひけん)」の語が習見し、[大豊き(皀+殳)]「不顯なる考文王
(ちちぶんわう)」、[大盂鼎(だいうてい)]「不顯なる文王」、その他同じ語例
に「不(ひ)ひ(不+不)」「不(ひ)ひ(否+否)」などがある。
「不顯」は[詩][書]にも多く見える。
従来は「顯(あき)らかならざらんや」と反語によんで意味を合わせていたが、
当時まだ反語の形式はなく、不(ひ(丕))は大の修飾語である。
不を否定詞に用いることは、卜辞以来のことで、代名詞や否定詞を充足するは、
文字成立の条件であるから、これらの字ははじめから仮借的な用法をもつ字で
あったと考えられる。
卜辞における貞問(ていもん)の形式は「今日雨ふるか」「今日雨ふらざるか」
のように肯定と否定の命辞を左右に排して刻するれであるから、否定詞がなくて
は卜法も成り立たない。
二重否定の文も西周初期にはすでにみえ、・・・中略・・・
不は萼柎の形で、花が終わり実に移るとき、胚胎の形を生ずるのが丕、その実の
膨らんだ形が否、実が充実して割れそうな状態となるのが ほう(倍-イ)、
ほう(倍-イ)を刀で二つに分けることを剖といい、不・丕・否・剖は一系の字を
なしている。
不を植えに冠して不偏・不党のように言う語は木分けて多く、[佩文韻府(はい
ぶんいんぷ)]に約四千、諸橋[大漢和辞典]に約千二百余を録している。
(白川静 新訂 字統(普及版) 平凡社)より
「不」はもとは「象形の字で、花の萼(がく)としべの台」の形だったのですね。
ところが、「はなぶさ、へた」の意味には使用されず、金文では「大きい」の意味に用いられていたのですね。
そして卜辞の時代という古い時代から否定形に使用されていたのですね。
今はあまり関係がないのでは?と思われる不・丕・否・剖は一系の字だったのですね。
さて今日の一枚は・・・
3日連続で朝空ですね。
少しある雲がまた良いです。
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